お粗末明細書実例集



 「虎は死んで皮を残す、弁理士は死んで明細書を残す」と言います。人に読まれて恥ずかしくない明細書を書くための戒めとして、お粗末明細書の実例を示します。


(その1)特表2000−509467

 公報で目にするのはまずフロントページです。そのフロントページの【要約】の冒頭の文章が、「〜が」という主語で始まるのには大いなる違和感を覚えます。その次に出てくるのが、「パターンつき摩擦塗膜を定義する摩擦複合材」なる文章です。「定義する」というのは、英語のdefineを訳した積もりなのでしょうが、ここで「定義する」とは、よくも訳したり!です。説明の文中には、「上式で定義のポリカーボンアミドの具体例」という記載もあり、或る化学式が何かを定義しているのだそうです。
 要するに、この人は、日本語の「定義(する)」という用語の意味が分かっていないのに気安く使って恥をかいているのです。明細書の最後には、「本発明の精神を逸脱することなく・・・」とあります。「発明」に「精神」があるのなら、お目にかかってみたいものです。
 なお、説明中の「不織紙」という用語にはびっくりしました。「不織布」の誤植か?と一瞬思いましたが、そうではないようです。織っていない布である「不織布」とは異なり、紙が織ったものでないのは当たり前なので、「不織紙」という用語には違和感があります。この語は、商品分類上も、特許分類上もまだ認知されていないようですが、業界では既に多用されているようです。

(その2)特許第3159781号明細書

 (その1)の場合、おかしな記載は殆ど要約書中のものなので、罪は軽いですが、本件の場合は、特許として成立し、最も重要なはずの請求項1なので、これは重傷です。まず、「隠蔽しないように・・・被覆された」というのが意味不明です。
 そもそも、「隠蔽」等という用語は、新聞の社会面で遭遇するような用語で、特許明細書で使用するのに適当とは思えないばかりか、「隠蔽しないように・・・被覆」するというのは、まるで、「殺さないように・・・殺す」と言っているようなものです。明細書中にも、この意味を説明する箇所はなく、結局、理解不能となります。サポートする説明もなく、理解不能なのは、「部分的に埋め込まれた・・・粒子」についても同様です。粒子を「部分的に埋め込む」を実現するために、どのような操作をするのか?の説明もありません。また、クレーム中で、「・・・で定義される」というのも初めて見ました。「・・・で要件が定められる」と訳すべきものでしょう。
 お粗末明細書の(その1)と(その2)は、同じ代理人によるものなので、余程、「定義する」が好きな人のようです。


(その3)特開2004−211728

 この発明の名称は、「湿式多板クラッチ用のセパレータプレートならびにそれを備えた湿式多板クラッチ」というのですが、こんな発明の名称を書く人は、法令用語の「ならびに」の使い方を知らないということがすぐ分かります。法律文書でもある明細書を書くのなら、少なくとも、「法令用語の常識」(林修三著、日本評論社)くらいはマスターしておくべきなのです。
 要約書を見ると、「図は〜の正面図であって〜」等と、要約書と発明の詳細な説明を混同したような書き方になっています。
 また、明細書では、「側断面図」なる意味不明語があります。この語は、実際、多用されているようですが、「側面で且つ断面」というのはあり得ないのですから、こんな「ぬえ」のような語を使うべきではありません。(ちなみに、断面図といいながら、図面には、ハッチングもないという手抜き振りです。また、「A−B断面」は「6−6断面」とした方がいいのです。なお、図面の簡単な説明の文には、終わりの句点もないという有様。)
 最後に、要約書及び実施例にある「アヤメ模様」というのは何のことか分かるでしょうか?調べると、「綾目(又は文目)模様」のことらしいと分かりましたが、この人は、「かたかな」は「外来語」を表すためのものであることが分かっていないのです。


(その4)特開2005−36980(油を局所的に供給するスロットを有する摩擦材料)

 請求項2に「・・・実質的に涙滴の形状又は実質的に鳩の尾形状を有する、摩擦材料。」とあるのですが、機械関係の技術分野のクレームで、「涙滴の形状又は鳩の尾形状」という記載は初めて見ました。まるで小説に出てくるような情緒的表現です。意味不明確、との拒絶理由がかかるのは必定でしょう。
 請求項4は「摩擦材料の第一の縁部から第一の角度で伸びる第一の半径方向に伸びる側部を画成し、摩擦材料の第一の縁部から第二の角度で伸びる第二の反対の半径方向に伸びる側部を更に画成する」というのですが、説明中にも、図面を参照した記述がないため、何を言っているのかさっぱり分かりません。「伸びる」と「延びる」の使い分けもできていません。
 請求項5には「拭き取り部」という用語がありますが、摩擦板関係の技術分野において「拭き取り部」とは何のことか理解できません。
 請求項19の「摩擦材料の供給部を摩擦部材に配置する」における「配置する」とは、「どのような位置関係に置く」ことなのか理解できません。
 請求項が23もありながら、図面は実質的に2つしかないというのはバランスを失しています。
 この明細書もアメリカ発のものなので、アメリカ人の明細書作成能力も低下しつつあると言わざるを得ないようです。


(その5)特表2004−511905(半導体処理のためのガス供給装置)

 これは、読んでいて実にうんざりする明細書です。
 (理由その1)28もある請求項のすべてに「ことを特徴とする」がある。1つの発明に、28も特徴があるはずがありません。
 (理由その2)従属項のすべてに「・・・に記載の」がある。こんな用語は無駄だというのがどうして分からないのでしょうか?
 (理由その3)明細書の0001に、「本発明は〜ものであって、〜ものである。」と、ご丁寧に、無駄な「ものである」が2回も繰返されている。「日本語練習帳」の大野先生は、「ノデアルを消せ」と言っていますが、まして、「ものである」は無用です。
 (理由その4)繰返し繰返し出てくる「チャンバー」には、ほとほと、うんざりです。

 最後に、翻訳の問題です。英語圏からの明細書で、通常、最後に出てくる、かなり形式化した文章が、「本発明の精神から外れない他の形態においても本発明を実施することができる技術であることは明らかである。好適な実施形態は例示的なものであって、いかなる方法においても限定的に解釈されるべきではない。」と訳されており、これに対応する英文は、「it will be readily apparent to those skilled in the art that it is possible to embody the invention in specific forms other than as described above without departing from the spirit of the invention. The preferred embodiment is illustrative and should not be considered restrictive in any way.」なので、かなり の珍訳というべきです。